心豊かな岡田上っ子
舞鶴市立岡田上小学校

                     ◇ 校下の概要
   本校の校区は由良川流域にあり、由良川沿いを走る国道175号線及び府道に沿って東西約5㎞・南北約14㎞と山間部にまで集落が点在している農山村である。昔より由良川沿い地域は洪水の被害がたびたび重なり、水害とのたたかいの歴史の中で生き抜いてきたといえる。
   最近は由良川流域の改修・耕地のかさ上げなどの事業が進み、平成8年度には潜没橋であった由良川橋も新たに架設され、そのために洪水による被害は減少してきている。
  全国的な社会の大きなうねりの中で、生活様式の変容、価値観の多様化、高齢化、少子化、過疎化等、子どもを取り巻く状況は大きな変貌を遂げている。しかし一方、子どもは地域の宝として、大切に守り育てる歴史が脈々と息づいており、PTAや地域団体との繋がりも強くて深い。
  こういった中で、学校教育への期待・関心は高く、地域社会に根ざした生涯学習の発信センターとしての学校の役割が今まさに問われているところである。

                          ◇ 沿革史抄

明治  6年 7月 桑飼下・桑飼上・地頭(小俣を除く)の児童が宇谷荘厳寺の一室を                    仮校舎にして就学。 「ろ渓校」と称す。
          大俣・小俣・滝ヶ宇呂、岡田中と一緒に「共立校」に通う。
         7年       大俣栃葉共立校(岡田中)より分離「栃葉校」として独立。
    25年       岡田三ケ村組合高等小学校創設。
      31年       学区の一大改革を断行。栃葉校とろ渓校に通学していた児童を                             収容し大俣源城寺に校舎を新築。「西尋常小学校」と称する。「東                                尋常小学校」を新築し桑飼上・下児童を収容する。
      43年       岡田高等小学校を廃止。東尋常高等小学校と改称。高等科児童                     全員就学させる
大正13年   7月 青年訓練所を東尋常高等小学校内に開設。
昭和   4年  3月 東西両校を統合して、「岡田上尋常高等小学校」を創設。
       16年 4月 岡田上国民学校と改称する。
       25年 4月 栃葉分校廃校。大俣・小原通学バス開通。
       28年 9月 台風13号。校舎床上47cm。休校8日間。
       30年 4月 加佐町発足。校名を加佐町立岡田上小学校と改称。
       32年 5月 舞鶴市と合併。校名を舞鶴市立岡田上小学校と改称。
       40年12月 1年児童が由良川橋より転落死亡。
       54年 3月 本館、体育館竣工式。
       55年 7月 プール竣工式。工事費1,850万円
       62年 2月 文部省指定「道徳教育共同推進校」となる。
       63年11月 文部省・府・市指定道徳教育研究発表会開催。
平成 元年  3月 校舎改築完了。鉄筋コンクリート造り2階建て。 
       4月 校舎竣工式
             10月第1回マーチングバンドフェスティバルに参加。11月
             11月地頭トンネル開通式。マーチング隊パレード出演。
    3年   4月 府教育実践推進校(特別活動)になる。
       4年   2月 特別活動研究実践発表(府指定)
       7年 10月 国語科研究実践発表(市指定)
       9年 11月 京都縦貫自動車道「綾部~大江道路建設記念」マーチング参加
     11年 11月 国語科研究発表(市指定)
     12年   4月 複式学級・障害児学級設置。  10月 学校前横断歩道できる。
    13年   7月 プール竣工式。工事費5,749万円
   14年 10月 京都縦貫自動車道「綾部~宮津道路建設記念」マーチング参加
   14年 12月 校門周辺整備並びに運動場整地。
   15年  7月 生活科・総合的な学習の時間研究実践発表(市指定)
   16年 10月 台風23号により、運動場・プール・体育倉庫が冠水。
   17年   1月 台風23号の被害による運動場の土盛り
     19年  8月 グランド遊具完成(ブランコ・うんてい・砂場)
    19年 10月 国語科研究実践発表(市指定)
    20年   1月 岡田上ふるさとかるた作成